アル中 −アルコール依存症との戦い−


アルコール依存症(社会生活から抹殺)  →  死に至る
この図式から正常に戻りたい。 別に死ぬことへの恐怖は無いが命ある以上まっとうに生きたい。その思いを日記に記す。

タグ:AC

皆さんこんばんは、アルコール依存症の庄助です。
おかげさまで酒は止まっております。

久しぶりの更新になります。
最近は特に更新が億劫にってきて、サボタージュがすっかり身に付いてしまいました。ブログに書き込んで吐き出したいことは山ほどあることはあるのですが、ありがたいことに多くの読者に恵まれているのが仇になってしまって全てを吐き出すのが難しくなってきました。贅沢な悩みですが、やはり同じ悩みを共有できる仲間以外には正直にはなれない・・・

これが本音です。


ところで最近気付いた事に、断酒当初と今現在での飲酒欲求の形が変ってきている事があります。

もちろん今でも飲みたいと感じることはけっこうあります。
空腹時に、今日はお好み焼きが食べたいなぁとか、久しぶりに焼肉なんかも良いなぁなんて思うことがありますが、欲求はあっても冷蔵庫の中身や懐具合を考慮して欲求を抑える事ができます。それと同じで、寒い日は熱燗、暑い日はビールを思い浮かべる事はあっても簡単に他のものへ転換できるようになりました。

何処が断酒当初と違うのか?
要するに味覚だけを求め、アルコールによる酩酊を求めている訳ではないのです。

ならば健常者と変らない。
もう、アルコールに依存していないのであれば病気ではないのか?

残念ながら、やはり心底からアル中なんですね〜
日常的にはアルコールを求める事は無いと言い切れますが、鬱々とした気分の時には酒の酔いに逃げたくなります。おまけに酒の味が嫌いなわけではありません。大好きな酒で酔いつぶれる事ができるなら、これほど心の安定を図れるものは無い!

ただ、飲む行為で問題は解決しない事も知っています。
ただそれだけが抑止力になっているのです。


苛々三年、まあまあ五年

長らく忘れていた言葉ですが、苛々が薄れていく中、まあまあの時期に突入しているのがよく分かります。問題は自分の心の中にあります。この根っこの解決は相当に時間がかかるのでしょう。焦らずに取り組む事の意味合いはここにありと感じる今日この頃です。

振り返れば、もうすでに去年から同様のことを感じていたようです。
俺って、進歩ないです・・・

マツバウンラン(松葉海蘭)





断酒:1090日
禁煙:1929日
前回の飲酒未遂から:30日*
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久しぶりの更新です。

今回の落ち込みはきつかったです。
まだ本調子には程遠いけど・・・

長年に渡るハードな飲酒で受けていたダメージも肉体的にはほぼ回復している。
精神的にも、ドライドランクなどの障害は消えつつある。
強迫的な飲酒欲求も起こらなくなりつつある。

ある程度、物事もまともに考えれるようになってきたと思うが、ここに来て社会復帰の難しさに改めて気付く事になる。


今までは、酒を止める事に全エネルギーをつぎ込んできた。
酒さえ止め続ければ何とかなる。その思いだけで突っ走ってきたが・・・

事業に失敗した52歳中年男が再スタートを切るには世間のハードルは高すぎる。


このまま福祉の世話になったまま、生け腐りの生き方を選ぶのは辛すぎる!


断酒の継続は安定しはじめたように感じる。
そして感情の起伏はあいかわらず激しいが、社会生活に支障のない程度に消化できるようにはなってきたように思う。

しかし、元々楽天的に物事を考える事が苦手なAC気質は簡単には変える事は出来ない。これが、依存体質の根っこの部分である事に気付いた。今まではアルコールに逃げていたが、今は逃げずに向かい合う事ができるようにはなったものの、この課題は大きい!

若いときに乗り越えられへんかったこの問題を、社会的スクラップに成り果てた今から乗り越えることができるんやろか?

弱気になるのは不本意やけど、現実を注視すると改めてハードルの高さにビビッてしまう。

こうしてブログという形で自分の気持ちを言語化すると、葛藤していた気持ちに折り合いをつける方向付けにはなるが・・・


誰もが酒を断ちはじめてしばらく続く『軽躁状態』、あの期間はヒト本来が持つ治癒能力なのかもしれない。と、ふと思う。



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俺はACです。
ACでない人のほうが少ないかも知れない。

最近頻繁に、子が親を殺して自分も死ぬ。なんてニュースが多い。

またそれを報道するマスコミは、世の中狂ってる的な発言をする。

またなぜそのような事件が多いのか理解が出来ないともいう。

簡単に自殺を考える前に周りの大人に相談しなさいともいう。

また専門家気取りでもっともらしく的外れなことをしゃべってるあほも居る。



そりゃぁ、あなた。
あんたらの経験値が低すぎるからです。
井の中の蛙が大海を語るな!

俺にはわかるぞ。その当事者たちの秘めた苦しみ。
勿論すべてが同じケースと思わないが・・・


俺、子供の頃、親父を殺したかった。実の父親を本気で殺したかった。
大人になって腕力がついたら必ずぶち殺してやると思い続けていた。

また、何度も自殺を試みた。けど所詮子供、幼稚すぎて死に切れん。

何度も小学校の先生に相談した、が理解してもらえない。
逆に子供らしくない。とまでいわれた。

中学生のときにも先生に相談した。
が、やはり理解してもらえず、逆に反抗期扱い!

いったい誰が信じられるんじゃー


親父は一滴の酒も飲まない。顔そっくりやし、歯並びの悪さも一緒やけど本当に親子か?

しかし、花札、おいちょかぶ、四五一(チンチロリンのローカル)、競輪、競馬、競艇、オートレース、パチンコ、賭け将棋。マージャン以外は何でもやっていた。

今になって思えばギャンブルアディクションである!

勝負に負けたら不機嫌で、家の中のものを破壊しまくる。
直接の暴力はふるわないが、飼っていた猫を虐待する。虐待し続けて最後には殺してしまう。何度も何度も泣きながら止めてくれと拝み倒したが、止めてはくれなかった。
しかし、ネズミが出るのでまた猫を飼う。
可愛がっていた大好きな猫たちを何度殺されたことか・・・

糞親父が家に帰ってくるのがどれほど嫌やったか!
おどおどした毎日、いっそのこと車にでも撥ねられてくれたらとどれだけ願った事か!

一歩外に出ると借りてきた猫のような小心者のくせに、一歩家の中に入ると弁慶になる。
結局、パーキンソン氏病を患い、56歳で首を吊って自ら命を絶った。

この知らせを聞いたとき、涙も出なかった俺。
今でもまだ親父のことを許していない自分がある。

妹は、大うそつきで自分の殻に病的にこもる。
こんな妹も俺は昔から大嫌いである。
しかし、今考えたら、あの環境から身を守るため「殻」という心のバリヤーを作ったのだろう。

俺は親父を殺すことも無く、誰も助けてくれる大人も無く、結局頼れるものは自分だけということを理解して、このブログの始まりの頃書き込んだとおり16歳で独立したのである。
これもあの環境から身を守る手段だったのだ。

10数年前にACという概念が流行ったがそのころから俺がACである自覚は伴っていた。
アル中である自覚も既にあった。

ACは病気ではないといわれている。確かにおれ自身もそう思う。
しかし、ACを生む機能不全な家庭が引き金になって多くの心の病に発展することは少なくはないと感じる。

最近、いろんなことが頭の中で繋がりだしてきた。というか、理解でき始めてきた。
なんとなく、少なくとも妹のことは許せるような気持ちになってきた。

もう既に土に返ってる親父を許せたとき、おれ自身が救われるような気がする。

しかし、まだ許せない!
思い出しても殺意がこみ上がってくる。
もう存在すらしていないのに・・・
複雑な心境である。

明日、ワーカーに時間をとってもらっている。
妹のことを相談するつもりだが、俺が子供の頃の学校の先生と同じでないことを祈る。


今日頑張れば、断酒79日。



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