アル中 −アルコール依存症との戦い−


アルコール依存症(社会生活から抹殺)  →  死に至る
この図式から正常に戻りたい。 別に死ぬことへの恐怖は無いが命ある以上まっとうに生きたい。その思いを日記に記す。

タグ:介護保険

2012/4/18 造幣局通り抜け
2012年4月18日 造幣局にて EOS kissDigital X
もう旬は過ぎましたけど毎年恒例の造幣局通り抜け。いつもながら凄すぎる人混みに通り抜けるのには根気と体力を要します。(汗)


皆さん、こんにちは。

アルコール依存症の小原庄助です。

おかげさまで酒は止まっております。




このブログを綴りはじめた頃にも書きましたが、私は10台半ばに家を出ました。
そんな関係で親兄弟との縁はとても薄く、一人で生きてきたように錯覚してしまいます。しかし、木の股から生まれたわけではなく、当たり前の話ですが親もおれば兄妹もおります。

父親はギャン中(ギャンブル依存症)でした。
そして母親は典型的なイネイブラー共依存)です。
今も、母親は私の妹とカプセル親子しながら、母も妹も共に親離れ子離れ出来ていない状態です。そんな状態に耐えられなくて、私は離れたまま、つかず離れずの関係を維持しています。

子供の頃、博打狂いの親父を何度も殺したいと思いましたが実行できず、母親に何度も分かれて欲しいと懇願しても聞き入れてもらえず、致し方なく親を見捨てて家を出たのです。結局、親父は自殺して、同居はしていないけど息子(私)はアル中になって、おふくろは苦労しっぱなしです。

6年前におふくろは心臓弁膜症の弁置換術を受けました。10時間くらいの大きな手術でした。その間、私は病院の待合室と隣のコンビニを行ったり来たり、何本ワンカップを飲ったことか…

片時も飲まずにおれない連続飲酒真っ最中のアル中街道驀進中だったのです。
酒のにおいをプンプンさせながら、よくぞ術後の集中治療室に入れさせてもらえたものだと、今考えると医者や看護師さんたちもさぞ判断に困った事だろうと…

おふくろの退院後もしばらくはなんとか介護できてたと思うけど、飲みながらやったし、危険この上なかったと思う。その上、介護保険制度のことなんかもまったく知らないし、いつも酔っ払ってるから調べることもできないし、当然のこと要介護認定の手続きもしなかった。ほんまに親不孝な子せがれですわ〜

今はなんとか酒も抜けているので、介護保険も活用することができています。
そして在宅介護でヘルパーさんを派遣してもらったりしていました。

しかし、もうおふくろも弱ってしまって入退院の繰り返し、通いつけの病院は救急指定で長期の入院はさせてくれない。自分の就職が決まったばかりのこの時期にまた入院する羽目にでもなったら困るなぁなどと考えていたら案の定、今月半ばに入院騒ぎです。ほんまに泣きたいくらい困った!

こういった問題に直面するとすぐに逃げ出したくなるんですね。
なんか何もかもが嫌になってしまって、せっかく決まった仕事も投げ出してしまいたくなる。投げ出したらどうなるかは分かっているだけに、更にどうでもよくなってしまう。得意の自暴自棄です。もう飲んで楽になりたかった。すべてを投げ出して酔っ払えば楽になる。

しかし断酒継続してきて良かった!
少しは逃げずに素面で解決しようとする意識が芽生えてきたようです。
そして何より、フルタイムの仕事を選ばずにパートタイムにしたことが良かった。
時間があったからこそ少しずつ、ひとつずつ、問題に当たる気持ちになれた。

前向きに問題にぶつかれば、なんとかなるもんですね。
今まで知らなかった介護保険の使い方をまたひとつ知ることができました。

介護老人保健施設
老健と呼ばれている入所型の介護施設です。
それも入院していた病院の系列にその施設があり、その上ラッキーなことに空きベッドがタイミング良く出たのです。おかげで病院の退院手続きや、施設の入所手続きに追われましたけど、なんとかこなせました。

もし、今回フルタイムの職に就いていたらと考えるとぞっとします。
(本音を言えば今回のケースを予想もしてはいましたが…)


我々アル中はやはり焦ってはいけません。
目いっぱいも駄目!
ゆとりを持って生きなくては…

なんせ自暴自棄になるのが得意のAC気質なんやから…

造幣局桜通り抜け周辺
2012/4/18 造幣局付近大川沿い
露店でこの値段!
高い酒やなぁ〜
こんな酒を何も考えずに平気であおってた昔はほんまにあほやった!

そう思いながらも酒に逃げたくなってしまうアル中ってほんまに情けない病気です。


焦らずに、ボチボチと、一日断酒!
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先日の日記に書いたが、おふくろが入院した。
実は、この同じ病院で4年前におふくろは心臓弁膜症の手術(人口弁置換術)も受けている。

当時、私はバリバリのアル中街道驀進中!
暇さえあれば飲酒、何か事を起こす度に飲酒、飯も食わずに飲酒、何もかもに優先して飲酒。

おふくろの手術の同意書を書くにも手が震えて字が書けない。
なんやかんやと理由をつけて、病院のとなりのコンビで一杯放り込む!
手の震えが止まったころ、酒臭い息を殺しながら書類を作成する。


 病院の中はアルコール臭いから酒の匂いなど分からんやろ!


アル中のボケた頭には飲酒に都合の良い考えしか浮かばない。
今考えると、よくもまぁ、ぬけぬけと素面の振りができたものやと思う。
さぞかし酒臭かったはず・・・

おふくろの手術は約10時間にも及ぶ大きな手術だった。
当然、10時間も酒無しでもつ訳がない。
一時間おきに、いや30分おきかもしれない、病院を抜け出してはコンビニでひっかけていた。レジの女性に不審な顔をされながらも、店の前のゴミ箱の前で一気に飲み干して病院に戻るのである。

手術は無事に終わった。ICU(集中治療室)には患者の親族以外は入室できない。もちろん酒気帯びしている者が入れる道理が無い。にも関わらず、入室させてもらえた。当時は、医療者はマスクしているから酒気が分からないのだ。などと都合よく考えていたが、きっと温情で見てみぬ振りをしていてくれたのだと思う。


その後、一般病棟に移ってから病院のケースワーカーから介護保険の説明があった。
今なら介護認定を受ける事が出来るかもしれないので申請してみてはどうかということだった。

しかし、常時酒気帯びの俺は面と向かって話が出来ない。
一応、罪悪感はあったのだ!

結局、真剣に話を聞かず、手続きも面倒なので先送りにしてしまった。
おふくろは、時間はかかったものの徐々に元気になり、要介護認定の申請出来る状態ではなくなっていた。介護が必要でないほどに回復したことは喜ばしい事やけど、おふくろの世話もせず放って置いたおかげで、今回、一歩間違えば手遅れになっていたのだ。もっとも、まだ安心できる状態ではないが・・・


さすがに今回は素面で対応できたので、要介護の申請も済ませた。
こんな簡単なことすら以前の俺は出来なかった。

何も出来ない、満足にろれつも回らないアル中のくせに、態度だけは一人前に偉そうに振舞っていたのである。






中川大臣の「酒プロブレム事件」

大臣であれ、一般庶民であれ、酩酊した姿ほどみっともないものはない。


ともすれば、少しくらいの酒なら飲んでもいいのでは?
と思ってしまうが、飲んでどうなるかは自分が一番よく分かっている。

飲んでいた頃の自分を振り返り、飲んで酩酊している他人の振りを見て、アル中であることを強く自覚したい!



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