こんにちは。
アル中のsyousukeです。


今日は久しぶりの快晴です。
雨も降ってもらわねば困りますが、やはり晴れると心はずみますね。
こんな日に、ブログを更新している場合ではない。カメラを持って出かけなければと気はあせりますが、今日は午後からホタルを探しに行くことに決めたので、少しのんびり自宅で過ごしています。

じつは昨日、例の飲み会(有志のみの別口の送別会)でした。
断酒と共に、何年も封印していた 『ミナミ』(大阪の繁華街) を深夜まで素面で徘徊してきました。

私の青春時代は波乗りとディスコに明け暮れていました。今時はホールの事を 『クラブ』 なんて呼んでいますが、当時はディスコですら新しい言葉で、 『サパークラブ』って呼んでいたのが懐かしい。 この頃のライフスタイルが、そもそも酒と薬物に浸かりはじめたきっかけだったのです。

そんなライフスタイルの背景が 『ミナミ 』、当時は路地裏の路地まで知り尽くすほど、どっぷりつかったミナミの住人でした。

昨日の飲み会の2次会に、幹事役の若い女の子がダーツバーをセッティングしてくれていました。なんせ長年盛り場を封印してきたのでダーツバーなどというハイカラなものは初体験、なんか禁断の園に近づくような気持ちでわくわくしながら行くと、


 なんや、この店まだあったんか!
 俺の後輩が用心棒してたホールやんけ。

すっかり今風のバーに変身してましたが、馴染みではなかったけど知った店でした。
店内にはダーツのほかプール(ポケットビリヤード台)もあったので、懐かしさのあまりキューを手にしました。


ハスラー


バーの店員さんに、お飲み物は何になさいます?
って聞かれて間髪入れず、

 J.T.S.BROWN

と、言ってしまって、すぐさま 『ノンアルコールビール』と訂正したが置いていないらしい。仕方ないのでジンジャーエールを注文した。

俺の脳みそはまだバーボンを覚えとるわ〜 と思いながら、バンキング勝負に入るとむかしのように突けないのに、マイ・キュー持参で玉屋に通っていた頃のことがフラッシュバックする。

仕事の延長のような飲み会ならば自分も飲みたいなどとほとんど思わないが、気心の知れた仲間達との飲み会は少し様子が違う。

自分も飲んでいっしょに弾けたい。
こんな気持ちが湧き上がってくるのだ。
そのうえ、まだまだアル中の脳みそには飲んでいた頃の楽しい記憶が残っている。
 
昨日の夜は、酒が近づいてきているのを感じた。
いや、俺が酒に近づいていってるんや!

気を引き締めないと、飲ってからでは遅すぎる。


ps
今、なんとなく 『玉屋』 をググって見たら、某婦人服屋さんや某花火屋さんしかヒットしない。玉突屋(ビリヤード屋)の事を玉屋って普通に呼んでたけど、あれってマイナーな言葉やったんかなぁ…(汗)


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