我々アル中は人に隠れて酒を飲んだり、酒を手に入れるために嘘をついたり、約束事を飲んで忘れてしまったり、遅刻したり、二日酔いで仕事を休んだり、とにかく酒を飲むことが全てに優先するため、自己中心的、酒中心的な考えから人様に迷惑をかけることが多く後ろめたい生き方をしてきたといわれる。


しかし俺に限ってはそんな事はない!
と、恥ずかしながらずっと思い続けてきた。

仕事中に酒臭くとも自営業、俺の商売は俺の法律でやる!
自分で稼いだ金で酒飲んで誰に迷惑かかるんや!
約束は這うてでも行くから二日酔いを理由に約束を破った事がない!

などと強がりを言い続けてきたけど、振り返ってみると後ろめたい事はやはりやっている。思い起こせば、出るわ出るわ、いくらでも恥ずかしい話が出てくる。

残念ながら商売に行き詰まって自己破産の申し立てをしていたときなど、弁護士と打ち合わせするにも手が震えて自分の名前すらかけないので隠れて事前にウイスキーを仕込んでいく。とにかく強い酒を放り込まないと震えが止まらない。

破産を申し立てているときに、飲酒など出来る余裕などあるはずが無いのに、酒臭い息を吐きながら弁護士のところに行くのである。さも、飲んでないような顔をして・・・

連続飲酒の挙句の果てに結核を患い死に掛けていたときでも、隔離病棟内で離脱症状に苦しみ暴れ、酒を飲みたい一心で非常階段から隔離病棟を脱獄して自宅に篭り連続飲酒なんて事もあった。

酒が止まってからでも、痔の手術で入院中、ドライドランクの強烈な苛々で横着な看護婦を捕まえては因縁をつけていた。結局は病院に居れなくなって早期自主退院。

肛門の激しい痛さに、自宅でどれほど悶絶した事か・・・


やはり俺も一端のアル中である。
後ろめたい、恥ずかしい事は多分に漏れずやってきている。

まぁ、今考えれば恥ずかしながら思い出に過ぎないが、同様の恥ずかしい行動で信頼を崩壊させてしまった事も違いない。

崩壊させた信頼を取り戻すとまでは行かないにしても、恥ずかしい行動は繰り返したくないと思う。飲んでいるときには恥ずかしいとも思わなかった事でも、酒が止まった今は違う。考え方の尺度も少しは正常になってきたようである。

たまには、忘れてしまいたい後ろめたい記憶も忘れず振り返りながら、素面で生きれることを感謝しなければと思う。



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