今日はお世話になっているアル中専門クリニック内の「サタデーミーティング」だった。

離脱症状の回復、身体疾患の回復、心の回復、

司会であるソーシャルワーカーの説明を聞きながら、ミーティングのテーマ「飲まなくなって変わってきている事」を自分なりに考える。

最近、私の発言する順番はトップか後半が多い。ワーカーが指名する順番にどのような意味合いがあるのかは分からないが、まぁ、それなりに根拠があるのだと思う。今日は最後だった。

他人の発言を聞いている最中にふと思いだした。

最初は、我慢の断酒
次に、あきらめの断酒
そして、喜びの断酒

どこかで聴いた言葉だが、何時、どこで、だれから聞いたのか思い出せないが、自分のおかれている立場が「諦めの断酒」というポジションであると感じた。

断酒を始めた頃は飲酒に対する激しい渇望があり、必死のパッチの命がけの根性きめた「我慢の断酒」だった。で、自分よりひと月でも長い断酒歴のある先輩は限りなく神様に近いと思っていた。よくもそんなにも長い期間飲まずに居れるものだと感心していたのである。

しかし今現在はさほど我慢しなくとも酒は止まっている。
「我慢の断酒」は卒業できたのだ!

なんとなく、飲んだらあかん事が分かってるので酒を止めている。たまには飲みたいと思うこともあるが、今飲んでしまうと今までの命がけの努力の結晶が水泡に帰してしまう。これではあまりにも詮が無い。まさしく「諦めの断酒」なのだ。

で、断酒することに喜びを感じることなどできるのか?

わからん!

そんなことできるわけがない!と、思う。

俺に「喜びの断酒」などというステイタスに達することが出来るのだろうか?
はっきりいって「謎」である。

ただ、はっきりといえるのは小難しいことを考えたりブログを更新していると、酒が止まるのは間違い無さそうだ。

なんか知らんまに今日もおかげさまで酒が止まっている。残念ながら喜びはないが、少しだけ「感謝」みたいなものははあるような気もする。



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