今繋がっているクリニックへ通い始める前に、一度別の専門医の診察を受けたことがある。
大阪では名前の通った名医とのことだが、自分とは合わなかった。飲酒に何とか歯止めをつけたくて保健所に相談した挙げ句、かかりつけの内科医に紹介状を書いてもらった上で、切羽詰って門戸を叩いたのだが、アル中を犯罪者のように扱う医者だった。

アル中でもない奴に、アル中の気持ちが分かってたまるかい!

糞医者に頼った俺がアホやった。そう思った。

結局、その日は浴びるほど飲んだ。今考えたらこれも飲酒に対する理由付けだったかも知れない。しかし、アルコールを切れない自分を何とかしたいという気持ちがあったことは間違いないのだ。もうどうでもええわという気持ちと、やはり何とかしないと、という気持ちが交錯し今のクリニックを受診する。

幸いかな、今繋がっているクリニックのドクターとは波長が合い、その日に「断酒」を決意し現在に至る。奇跡的な出会いと思う。ここはドクターを筆頭にワーカーも看護師も携わる人すべてがアル中というものを良く勉強している。もちろん最初の医者も名医といわれるからには勉強はしているはずであるが、俺にとっては何かが不足していたのだ。やはり相性というものは存在すると思う。

これほど満足している今繋がっているクリニックでも、所詮はドクターを筆頭に医療者全員、アル中からの回復者ではない。残念ながらアル中の気持ちを理解しきることは出来ないのである。また、求めること自体無意味なことなのだと今となっては思う。

クリニックに通い、ドクターの診察を受ければ受けるほど、やはり所詮ドクターは専門医といえどもアル中ではない、仲間ではないことを痛感する。ワーカーに対しても同じである。他の専門外の医療者に比べると雲泥の差ほどにもアル中を理解してはいるが、やはり残念ながら仲間ではない。

行き着くところ、経験を分かち合えるのは酒害者当人同士でないと無理なのである。仲間同士でないと理解できないのである。自助グループへの参加が重要なのはここのところにあるのだ。

結局のところ酒害者同士でないと理解できない領域がある。この領域を共有することが集団精神療法の所以たるところであると最近自覚できるようになってきた。

断酒会でも、AAでも、院内のミーティングでも、どこかに繋がっていないと断酒のモチベーションは維持できない。癒しもない。当然、回復もない。仲間に繋がっていけるということはありがたいことである。このブログで繋がっている方たちにも感謝している。自分にとっては大きな砦になっているのだ。

おかげさまで、今日も一日無事に過ごせそうだ。



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