アル中 −アルコール依存症との戦い−


アルコール依存症(社会生活から抹殺)  →  死に至る
この図式から正常に戻りたい。 別に死ぬことへの恐怖は無いが命ある以上まっとうに生きたい。その思いを日記に記す。

中越沖地震

えらいことになってますね。
一日中出歩いていて、ニュース見て驚きました。
先日、大阪で震度1の小さなやつがあったとき、嫌な感じがしてたんです。

縦に「ドン」と一発だけ、
それも震度1の小さなやつですが・・・

阪神大震災のときの「ドン」と同じだったんです。

これは近々来るな!って直感です。


お亡くなりになられた方たち、ご冥福をお祈りいたします。

被災中の方たち、お見舞い申し上げます。

もちろん今日は、酒など絶対飲みません。



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土曜日にFクリニックのミーティングにいつもどおり出席したら、F院長先生と顔を会わせたとたんに、「昨日、断酒会行ってきたんやて?」

なんで知ってはんの???
あまりの驚きに訊かずじまいです。
おそらくは、断酒会の古株さんが土曜日に院長先生の診察を受けに来られてそのときの報告だろうと思うが、あまりにも情報の伝達が速すぎる!
第一、この断酒会は初診で見切りをつけた「Kクリニック繋がり」の方がほとんどなんである。

それほどアル症治療の世間が狭いということなんでしょうねぇ。

それともうひとつ驚いたことに、この断酒会の会場が、自分の住んでいるところの道路を隔てた真向かいにあるビルの15階の多目的会場であったこと!

真向かいですよ! 真向かい!
糸電話で話せる距離なんです。
近すぎて行きにくい。迎えに来られそうで・・・(汗)

絶対に住所は言わんとこう!
AAとかも回ってみたいのに、
下手したら、一生引越しするまで足抜けでけんような事に・・・

「縁」といえばそれまでやけど、なんと恐ろしい偶然やろ!

「断酒続けなさい」という運命なのかなぁ?

それとも「断酒会」とは、糸電話の「糸」ではなく、「赤い糸」?

きしょくわる〜 


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断酒67日目

現在通っているアル症専門クリニックでは、午後から仕事をすることを前提に治療方針を立ててもらっている。

月、水、金は、診察&点滴&「基礎講座」(酒害の勉強会)
土曜日は、点滴&「サタデーミーティング」(酒害の体験談発表会)

どれも午前中で消化できるようなスケジュールです。

ところが、現在「お尻療養中」のため仕事はしていないので午後の院内ミーティングも参加し始め、どっぷりと精神科通いしているわけです。逆に依存気味!

で、気が付くと「基礎講座」は3ヶ月で卒業させられてしまう訳です。もう余りあとが無い。精神科への通院に依存気味の自分としては焦りを感じ始めたわけである。

で、自助グループに繋がらなければと「断酒会」「AA」巡りを始めることにしたんです。
ということでついに地元断酒会の例会に昨夜デビューしました。


初めての断酒会へいきなり独りで参加するってのもけっこう緊張するもんですね。まぁ、でも根性決めて参加して良かったですわ! どんな事するとこかも分かったし、誰も噛み付いてくるわけでもないし、けっこう暖かく迎え入れてもらえたし、なんと言っても会員の酒害体験談よりも、家族会の方の体験談が堪えた。

女房(過去の存在)に酒に対してなんぞ言われたら聞く耳すらなかったし、キレていた。キレなくともイラついていたし、大量飲酒に磨きがかかっていた。が、他人様の奥様の話は第三者として聞くので、辛辣に真摯に受け止めることが出来る。ほんまに堪えたなぁ。

いまさら反省しても後の祭りやけど、まぁ反省せんよりはした方が良いかと思ったりしてる訳です。たった2ヶ月アルコールを断つだけで、頭の中身が少しだけ変化してるようですわ。薄皮を一枚ずつ剥ぎ取るように・・・

なんか改めて「酒」の恐ろしさを思い知らされてしまった。十代から延々と飲り続けてきた「酒類」の正体が、「エタノール」という薬物の混入した飲み物であることを・・・

しかし、俺の体って頑丈に出来てるなぁ!
おそらく飲酒し始めて以来、3トンのエタノールは摂取していると思う。35度の焼酎なら約9トン。そう考えると今現在まだ生きてるのが不思議になる。

頭の中身も性格も、生まれつきのものなのか、アルコールによって形成されたものなのか、
考え出すと疑問だらけだ。

狼が先か?羊が先か?

俺って、どちらの皮を被ってるんやろ?



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6月から病気療養ということで仕事を病欠している。

多分、プー太郎になってしまうなぁ、このままでわ・・・

まぁ、この際アルコールでガタガタになってしまった体のメンテナンスの時期ということで割り切るしかないと思っている。

しかし、酒も飲まずに仕事もしていないと、なんと一日が永いものか!

連続飲酒に落ちてるときは、飲ってるか、寝てるか、のどちらかだけで、過ぎ行く時間の速いことおびただしく、朝なのか、夜なのか、曜日すら分からない状態だったのに、まるで漆黒の岩窟に閉じ込められているように・・・


おっと、こんな鬱った事を書くつもりではなかった。
一日を長く感じるからこそ出来るだけ健康的に生活しようと自分で決めていたのだった。

最近、病院通いが仕事と思って、精神科、外科肛門科、耳鼻咽喉科に通っている。もちろん精神科が週4日でメインである。痔の術後は順調だが、まだ自転車には乗れないのでリハビリと運動不足解消のため、3駅離れた精神科へも徒歩通いしている。1日2万歩/約14キロを目安に歩いている。最低ノルマは1万歩/約7キロと決めている。

今日は精神科の休診日。
耳鼻科通いと日常の買い物くらいしか用事は無いので、近隣をぶらぶらと散歩してみた。
実は大阪市内のど真ん中、「本町」というところに住んでいる。オフィス街である。東京で言えば「新橋」って感じかなぁ?

夕刻にふと万歩計を見ると7千歩ほどしか歩いていない。
で、お散歩に出かけたわけであるが、5年も住んでる地元でもけっこう見落としているところがあるものだ。

時計を見ると7時半、昼と夜の黄昏時。
うっすらとした空間に飲み屋の看板と赤提灯がぼーっと浮かびはじめる。
道端から店内をのぞくと、世間よりも微妙に明るい。
今日一日の労働を癒すためか、憂さを晴らすためか、単に酔うためか、様々な顔をしたネクタイ族が集っている。

つられて飲酒欲求が湧くわけでもなく、なんとなく覚めた目で観察している自分がこっけいに思えた。


「飲酒欲求」と「断酒決意」のトワイライト・ゾーンなのか?



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アルコールコントロール障害

嫌な言葉ですねぇ。
この診断が下ったら死刑の宣告と同じです。


死ぬまで断酒!


分かってるんですけどねぇ〜
まだまだ未練が残ってるんです。


スリップしたら、きっと「かっぱえびせん」やぁ〜

(止められない止まらない! か〜っぱえびせん!)

    ↑

 −どこぞのコマーシャルより引用−


一旦、アルコールに対する敗北を認めたはずやのに、そやから自分から進んで専門医の門戸をたたいたのに、何でか分からんけど、

もしかしたら、俺ってアル中と違うんとちゃうか?
って最近思うようになってきていた。

この状態を「第二の否認」と云うらしい。

「断酒の波」というものがあって、今の俺って大波にのまれてる状態のようだ。これが徐々に小波にになっていくらしいが、さすがに何十年もかけて出来上がったアル症が2ヶ月やそこらの断酒で回復するわけがないらしい。確かに理屈はその通りやけど・・・

しんどいなぁ!小波に凪ぐまでは・・・



という訳で、今日も一日「断酒」してみよう!

にも関わらず。日本酒の薀蓄など・・・

(久しぶりに思い出して懐かしい講釈なんで、ミクシイの日記にもダブルポストしてしまいました。あちらからお越しくださった方はこの先は読み飛ばしてください。)



昔々中央政権を維持するために、江戸幕府は各地の大名の謀反を制する策の一環として参勤交代という制度を施した。

長い長い大名行列では、江戸屋敷に参勤する間の生活必需品も運ばれたのである。中には酒樽も馬に揺られて運ばれたのである。

長旅に揺られ揺られて樽の中で熟成された日本酒は樽材である吉野杉の「杉の香」が染み渡り程よい塩梅に仕上がるのだ。

関西の大名たちは酒処である「灘」や「伏見」あたりで調達した酒を江戸まで運ぶ。

現代と違って当時の都は京都にあったため江戸に向かうのは「下る」ということになる。これが「下った酒」。

持ち込んだ酒が切れ、江戸現地で調達した酒は長旅の期間も馬に揺られることも無く、当然の如く不味い。 これが「下らない酒」。


「くだらん」=「つまらん」の語源だそうです。


あ〜、冷で一献、飲りたいなぁ!


断酒64日目


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Amanita pantherina




以前にも書いたが、中島らも著「今夜すべてのバーで」を貸してくれた友人が、過日、痔主退治の入院時に持参してくれた本のタイトルだ。

さて、この奇妙なタイトルの意味は?っと考えていて最初にイメージしたのは、昔バリ島で食ったことのある「マジック・マッシュ」だ。実際には毒キノコの「デングダケ」の学名らしい。いかにも「らもワールド」である。と同時に俺の連想は当たらずも遠からずというところであった。もっとも「らもワールド」に首を突っ込んでいれば誰でもそんなところだろう。

しかし、何度読み返しても面白い!
この文章は、ラリってないと素面では書けない。
薬学や大脳生理学の小難しい文献をラリ中が訳した文庫本であると同時に、こうあってはならないという元ジャンキーの体験談である。

「今夜すべてのバーで」を読んだとき、アル中としての共感で俺の頭の中はあふれてしまった。今回の「毒キノコは」若かりし頃の懐旧の念であふれた!

アンパン、草、チョコレート、エル、コーク、エス・・・
おまけに植木市でサボテンを買いあさったり、青バナナの皮の裏筋を集めて乾燥させたり、自分の経験とダブりすぎる。しかしさすがに「ガマ」の毒腺に幻覚性のアルカロイドが存在するとは知らなかった。

今になって思えばお決まりのコースやけど、あれだけ露骨に情緒的に美しくもジャンキー臭い文章はなかなか書けるもんではない。改めて「中島らも」を尊敬してしまった。命を削って書いた代償に値する迫力がある。まさしく「鬼気迫る」のである。

しかも、「シャブは下品」と言い切るところがすばらしい。
「らも」は3回経験して3回目に往生したらしいがその内容が手に取るように分かる。もう当の昔に時効なので白状するが、俺も一度経験している。表現の仕方こそ違えど俺も同じ感想である。シャブ初心者にとって常用者の使用量は死ぬほど苦しい!


「あなた人間止めますか?覚せい剤止めますか?」

「人間止めたいからシャブ打ってるんや」


警視庁も下らん広告に金使うなら、シャブから更生した人を講師に雇って、学校での講演にでも回らせろ!的なくだりがある。(正確な引用ではないのであしからず)

まったく持って同感だ。出来ることなら予防接種のつもりで少し危ない量を経験させたほうが良いかもしれない。そうすれば俺のように絶対に手は出さなくなる。「らも」の4度目が無いのと同じである。ポンプを使わなくても経口摂取すれば、あの「苦味」も経験できるので美味いものでないこともついでに理解できる。


話は変わるが、最近では新社会人の歓迎会等の一気飲みによる急性アルコール中毒の予防などの意味で、卒業を控えた学生に「アルコールパッチテスト」を行っているらしい。これは非常に良いことだと思う。

アマニタパンセリナ目次
ついでに「保健体育」の教科書として「アマニタ・パンセリナ」を採用すれば良いのではないかとさえ思う。
「ラリ中」「アル中」「ポン中」どれも同じアディクション


自助グループや院内ミーティングで仲間の体験談を聞くことも大切だが、保健体育の授業での予防接種も大切なのではないか?

などと思いながら飲酒欲求を忘れる努力が続く。

断酒63日目


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断酒59日目

ただいま〜
病院通いから帰ってきましたぁ。

って、独り暮らしって寂しいもんですわ。
酒を断ってるから友達付き合いも激減したし、
入院やら通院やらで仕事してないから激貧で出歩くことも少ないし、

酒でも飲んで憂さ晴らしでもせんと鬱ったままになってしまう。
せっかく「基礎講座」と「グループセラピー」でええ話聞いて、感激して、断酒の誓いに磨きをかけても・・・

モチベーションが下がってしまうなぁ。

もっとも、よくよく考えたら独り身になったのも酒が原因と認めざるを得ない。
否認したいけど・・・

酒で憂さ晴らしもでけん「断酒」が宿命なんか、
すっきり「再飲酒」して逝くのが宿命なんか?

カフェ・オーレでも飲みながら考えるわ!


結局、断酒に慣れてきたなぁ、俺。



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断酒58日目

奇跡的に一滴のアルコールを口にすることなく断酒が続いている。
もう何年も飲んでいないような気さえする。

アルコール依存症とは「否認の病」と呼ばれている。
否認とは、明らかにある飲酒問題やアルコール依存症であることを認めようとせず、何らかの理由を付けたり、問題を小さく考えたり、周囲のせいにしたりするなどの事をいうらしい。

自分はアルコールに依存しているわけではなく酒が好きなだけだ。自分がアル中なら世間の酒飲みはみんなアル中だ。と、思っているわけである。

実際専門クリニックで治療を受けている人たちの大半は、家族や友人、同僚などの身近な人に勧められ、もしくは連れてこられて治療を受けることになるらしい。
俺のように自分の意思で自ら診察を受けに来るものは1割にも達しないそうである。

今思い起こせば、何時でもいらいらしていて、暴力的で、何かにつけ気に入らないことを理由に飲んでいた事が多かった。楽しく飲んでいてもある時点でいきなり目が据わり攻撃的になることも多かったらしい。

しかし、ずいぶん昔から自分がアル中であることは自覚していた。ただ、まだまだ治療が必要だとは思っていなかった。これも否認かも知れないが自分では無知であっただけと思っている。

今現在は専門クリニックへせっせと通い、講座やミーティングにも参加して知識も高まり、自分が申し分のない立派なアル中であると理論付けている。


しかし、
なぜか最近、俺って本当に依存症なのか?
という恐ろしい疑問を持つようになってきた。

自分と同時期に治療を受け始めた仲間たちとは日々顔をあわせるので、最初は挨拶を交わす程度だったが最近では雑談をかわすようにまでなってきている。そこで知ったのは結構みんな酒を断っていないのである。


夕方6時までは飲まないよ!

とか

1日2合までって決めてる。それ以上は絶対飲まないよ!

とか

たまにビール1本くらいは大丈夫やで!

などなど・・・


みんな同じドクターに診察を受けて、同じ部屋で点滴を受けて、同じワーカーから講座やミーティングを受けているのに・・・

同じような離脱で苦しんだはずなのに・・・


結構みんな堂々と「飲んでる」と話すのだ。ワーカーもドクターも知っている様子である。別に飲酒していることが羨ましいわけではない。なぜ断酒する決意や努力がないのかが不思議なんだ。

俺とどこが違うのか分からない!
通院を決意して診察を受け始めた日から断酒して、確かに酒は飲みたいが大きな離脱を乗り越えた今は強烈な飲酒欲求も起こらない。


もしかして俺は勘違いしていただけで、依存症ではなくただの酒豪?

ただの愛飲家?

10年も20年も休肝日を作れなかったのは、ただ意思が弱かっただけ?

字が書けないほどの震顫や痛くて苦しい痙攣はただのマグネシウム不足?

大量な寝汗はただの水分の取りすぎによる汗っかきなだけ?

10年以上続いた下痢もただの体質?

気が狂いそうな皮膚の掻痒感は肝機能低下による単なる皮膚障害?

記憶が飛ぶのは単なる老化の健忘症?それとも亜鉛不足?


 ・
 ・
 ・


まわりくどい、飲酒への理由付けか?


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断酒53日目

やれば出来るもんやなぁ。
休肝日も作られへんやつやったのに!
たまたま痔の手術と重なったからという理由もあるけど、ほとんど奇跡としか思えん。
おかげで、1586もあった γ-GTPも昨日の検査結果では70にまで下がっている。
男性では文句なしの正常値だ!
おまけに

GOT:22
GPT:22


まぁ、なんて素敵な数値でしょう!
しかしこれって、血がどくどく流れ出ていた刀傷に、かさぶたが出来て血が止まって、傷口に肉が盛り上がっただけで刀傷は残ってる。こんな状態やねんやろなぁ、俺の肝臓。

ところで、
今日はちょっとまじめにいきまっせ!



本日のクリニックでのサタデーミーティングのテーマは


  唯一の解決法。それは断酒
   − Stop drinking −


<以下プリントの引用>

現在の医学では、アルコール依存症になってしまった患者を、「適量を楽しめる」ように戻してくれる治療法はありません。唯一の解決策は、一生酒に手を出さないことです。

どれだけ長い間酒を止めていても、再び飲み始めれば、完全に病気がぶり返すのです。

依存症者とは「ブレーキの壊れた車」に例えられます。止めておけば何の害もありません。しかし、いったん走り出すと、何かに衝突するまでは止まらないのです。同じように、依存症であってもアルコールを完全に断っていれば、普通の人と同じように暮らすことが出来ます。しかし、飲み始めれば、いつかは暴走が始まってしまうのです。「節酒(節制した飲酒)を心がければ大丈夫」と考える人もいるでしょう。しかしそれは、「ブレーキの壊れた車でも、ゆっくり走らせれば事故にはならない」という考えに似ています。

実のところ節酒は、完全な断酒よりも難しいのです。そしてそれは、依存症という進行性の病気の長い長い下り坂をゆっくりと(時には早く)下っていく過程にすぎません。

<以上配布資料より>




なんか、酒好きにとっては死刑の宣告に等しいね。
頭では分かってるんです。
多くの依存症の仲間や先輩、医療関係者、すべての人が同じことを言ってくれます。


俺かて、ほんまは頭ん中では理解してまっせ。
そやけど、なんかすっきりせんもんがある。

最近は滅多に見ることないけど、冬場の暖房器具の「火鉢」や「石油ストーブ」。
これらの上には必ず水の入った「やかん」が乗せられていた。子供の頃、このやかんをひっくり返して湯をかぶった経験のある人は少なくないと思う。小さな火傷ですんだ人はラッキーだったのだ。一度でも煮え湯をかぶった経験があれば、おそらく2度繰り返すやつは限りなく少ないと思う。

これは、「煮え湯をかぶると火傷をして苦しい」ということを学習していても、実際に経験してみて初めて、「2度とやりたくない」という教養として身につくのである。


「依存症」と「断酒」の関係も同じと違うかなぁ?
スリップした後、苦しんで、この学習の繰り返しが身に付くんと違うやろか?
2度3度繰り返すかも知れんけど・・・

それともこんな風に考えること事態が依存症独特の飲酒への理由付けなんやろか?
別に今飲りたいと思っている訳ではないが、俺の頭の中は屁理屈が駆け巡っている。

まぁ小難しいことを考えても仕方が無いので今晩も断酒!


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断酒50日目

久しぶりの日記です。
痔の大手術から無事生還して1週間。  ← 大そうな!

ケツが痛くてPCの前に長居出来なかった。(;_;)

でも、おかげで断酒は奇跡的に続いてる。
本当のところ、断酒30日目で「1ヶ月記念」と称して飲るつもりやったけど、予定外の入院で気がついたら50日目。入院中でも外出が可能やったんでいつでも飲ろうと思えば飲めたけど、術後の痛みは飲酒欲求に遥かに勝っていた。

退院直後に精神科には再度通い始めたが、ミーティングの1時間がまるで坊主の苦行!
自前の低反発クッションを持ち歩かないと参加すら難しい。

やさしいドクターからは、「辛かったら挫折していいからね。」とお許しをもらっていたが今日もなんとか頑張れた。話したこともない「仲間たち」からも心配してもらっていたようだ。スリップしたと思ってた人たちもいたようだが、暫く顔を出さなかったことがきっかけで仲間意識のようなものも芽生え始めてきた。

仲間と一緒に頑張るということの意味合いが少し分かってきたような気がする。

ということで、痛み止めが切れる前に眠剤のお世話になります。

50日目、無事達成できそうだ!



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